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總持寺と瑩山禅師
曹洞宗には、永平寺と總持寺の二つの大本山があります。そのうち横浜市鶴見にある大本山・總持寺を開創されたのが瑩山禅師です。瑩山禅師は、今から750年ほど前、越前の国、武生にお生まれになりました。8歳のとき永平寺にのぼり、髪を剃り僧門にはいられました。その後、厳しい修行をかさね、たくさんの弟子を育て、晩年能登の地、門前町に總持寺を創建されました。同時に後醍醐天皇より、勅旨を賜って官寺に列せられ、永平寺と並ぶお寺になりました。600年ほど能登の大本山として繁栄しておりましたが、明治31年に大火にあい、その建物の大部分焼失してしまいました。明治41年、石川素童禅師は時勢に鑑み、宗門発展のために現在の横浜市鶴見に本山移転の計を立て、同44年落成、今日首都圏最大の寺院として偉容を誇るまでになりました。
日本に仏教が伝来しておおよそ1500年、その間にたくさんの宗派が生まれました。曹洞宗は浄土真宗と並ぶ日本最大の教団です。
七百数十年の昔、道元禅師が永平寺を建て、禅の道を伝えられたのが曹洞宗の始まりです。その禅の教えを一般の人々にまで広め、全国各地に約15,000もの寺院が建つ基礎を築かれたのが瑩山禅師です。
永平寺と總持寺が、車の両輪のごとく協力し、助け合って、曹洞宗という大教団を形成しております。
御誕生寺の建設・その理念と夢
越前市に「瑩山禅師の御誕生寺」を建設する計画は、数十年前よりいろいろ試みられてきました。昭和44年には御誕生700年を記念して、越前市帆山の地に大きな顕彰の石碑も建てられ、定期的に法要も営まれてきました。
近年、地元篤信者の御支援により、広大な境内地の寄進を受け、仮本堂も建てられました。
現在、總持寺を退董された板橋禅師を中心に、全国から集まった十数名の僧俗が、坐禅と托鉢、そして作務の毎日を送っております。總持寺・永平寺の両大本山の深いご理解を得て、地元の皆さまの強い御支援のもと、現代文明社会に、一つの指針を示すことのできる修行道場となることを念願しております。
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| 御誕生寺前景 |
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| 仮本堂で読経 |
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越前市帆山町に建つ瑩山禅師御誕生地顕彰碑 |
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