曹洞宗 大本山總持寺 御開山 瑩山禅師
御誕生寺
(ごたんじょうじ)
〒915-0043 福井県越前市庄田町32
TEL:0778-27-8821
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道元(どうげん)禅師
が、24歳で中国へ留学したのは、南宋の時代です。中国の諸山を遍歴した後、26歳の春、たまたま天童山景徳寺(てんどうざん けいとくじ)に住職となっていた曹洞宗の流れをくむ如浄(にょじょう)禅師に相見(しょうけん)し、釈尊以来の正伝の仏法を相承することができました。
28歳で帰国した
道元禅師
は、直ちに『普勧坐禅儀(ふかんざぜんぎ)』一巻を選述して正伝の仏法(しょうでんのぶっぽう)を宣揚しましたが、当時は比叡山を中心とした旧仏教側の圧迫もあり、正伝を宣揚するためには、真の求道者を養成することが急務であると考えられ、宇治の興聖寺(こうしょうじ)、更には越前の永平寺(えいへいじ)を通じて、1人でもいい、半人でもいい(一箇半箇)との願いをこめて人材の養成に専念されました。
この
道元禅師
の精神は、その後をついだ永平寺二代の孤雲懐弉(こうん えじょう)禅師、永平寺三代で加賀の大乗寺(だいじょうじ)を開かれた徹通義介(てっつう ぎかい)禅師を経て、その弟子
瑩山(けいざん)禅師
に受け継がれました。そして
瑩山禅師
のもとには、後に永光寺(ようこうじ)を継いだ明峰素哲(めいほう そてつ)禅師、總持寺(そうじじ)を継いだ峨山韶碩(がさん じょうせき)禅師が出られ、その門下にも多くの優れた人材が輩出して、日本各地に曹洞禅(そうとうぜん)が広まっていったのです。
特に今一つの中国禅宗の流れをくむ臨済宗(りんざいしゅう)が、幕府や貴族階級など、時の権力者の信仰を得たのに対し、曹洞宗は地方の豪族や一般民衆の帰依(きえ)を受け、もっぱら地方へと教線を伸ばしていきました。
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道元禅師
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